「駿台予備学校における非常勤講師の労働者性について」
旬報法律事務所
弁護士  今 村 幸次郎
駿台予備学校では、非常勤講師にたいし委託契約を結ばさせているが、労働基準法及び労働契約法上の労働者に当たるか否かにつき、以下、当職の意見を述べる。組合員らは、学校法人駿河台学園(以下「本件法人」という。)が設置する予備校である駿台予備学校の非常勤講師である。

1 意見の要旨
本件組合員は、裁判例が採用している労働者性の判断基準に照らして、本件法人との間で使用従属性が認められるので、労働基準法9条及び労働契約法2条1項の労働者に該当することは明白というべきである。
*労働基準法9条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
*労働契約法2条1項 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。

2 労働者性の判断基準
(1) 個人事業主か労働者か
本件法人は、本件組合員との契約関係は労働契約ではなく業務委託契約であるとして、本件組合員の労働者性を争っているとのことである。
しかし、使用者との契約関係に基づき業務ないし労務を供給する個人が「労働者」であるか否かは、契約の形式(文言)や名称によって決められるのではなく、その契約関係の実態において事業に使用され、かつ、 賃金を支払われていると認められるか否かによって判断されるものである。
なお、労働基準法(労基法)9条と労働契約法(労契法)2条1項の労働者の定義は、労基法9条の方に「事業に使用される」という要件が付加されていることを除いて、基本的に、「使用されて労働し、賃金を支払われる」者を「労働者」という点で同一であり、労基法及び労契法上の労働者といえるかどうかは、「使用されて労働し、賃金を支払われる」者に当たるか否かが、共通の基本的判断事項となる(菅野和夫「労働法(12版)」177~178頁)。
個人事業主か労働者かが争われるケースにおける、上記の「使用されていること」及び「賃金を支払われていること」に関する具体的な判断基準としては、以下に述べる各要素を総合して判定する(「使用従属性」判断)というのが確立した判断方法となっている(菅野・前掲書183頁)。

(2) 使用従属性の判断要素
判例が用いている使用従属性の判断要素は、下記の➀ないし➆であるが、このうちの➀から➄が主要な判断要素とされ、➅及び➆は補足的判断要素とされている(1985年労働省労働基準法研究会報告「労働基準法上の労働者性の判断基準について」、菅野・前掲書183~185頁)。また、これらのうち、判例上、特に重視されているのは、➁業務内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無及び➂時間的・場所的拘束性の2点である(橋本陽子「労働者の基本概念-労働者性の判断要素と判断方法」85頁)。
〔主要な判断要素〕
➀ 仕事の依頼への諾否の自由(これがあれば事業者性が、なければ労働者性が認められやすくなる。)
➁ 業務遂行上の指揮監督(これがなければ事業者性が、あれば労働者性が認められやすくなる。)
➂ 時間的・場所的拘束(これがなければ事業者性が、あれば労働者性が認められやすくなる。)
➃ 代替性(自分の替わりの者に仕事をさせることができるのであれば事業者性が、できないのであれば労働者性が認められやすくなる。)
➄ 報酬の算定・支払い方法(報酬の額、計算方法、支払い形態等からして、労働の対価としての賃金と同質といえるのであれば労働者性が肯定され、いえないのでれば事業者性が認められやすくなる。)
〔補足的な判断要素〕
➅ 機械・器具の負担、報酬の額等に現れた事業者性
➆ 専属性の程度、その他の事情

3 本件組合員の契約関係及び就労にかかる事実関係
(1) 契約関係
本件組合員は本件法人との間で、毎年、「駿台予備学校 講師(非常勤)出講基本契約書」(以下「本件契約書」といい、この契約を本件契約という。)を締結し、出講等の業務を行ってきた。
2021年度の本件契約書の概要は以下のとおりである。
➀ 出講の内容
高卒クラス、高3クラス等について年間の出講(■■■■■■■■■■■の授業)を行うことを取り決めている。具体的な担当授業の日時等は、2021年度出講時間割に基づく。
➁ 出講料
・基本講料単価 通常授業50分1コマあたり、■■■■■■■■■■■
・交通費 「予備校講師交通費支給規定」により支給。
・支払日 毎月1日から末日までの当該月の出講実績分を、翌月■■日に指定金融機関の口座に振り込む方法により支払う。
➂ 契約期間
2021年4月1日から2022年3月31日(1年間)
➃ 機密の保持
契約に関する事項や業務によって知り得た機密事項及び個人情報を将来に亘って第三者に漏洩してはならない。
➄ 講師の肩書及びその使用
「駿台予備学校■■科講師」「駿台予備学校■■科講師」との肩書を個人的に使用する場合は、事前に本件法人に■■、■■必要がある。
➅ 遵守事項
本件契約書の各条項を必ず守るとともに、本件法人の指導方針及び「教授にあたられる先生方へのお願い」(2021年度出講ガイドブック、以下「本件ガイドブック」という。)記載の遵守事項・注意事項を遵守する。
➆ 契約解除
本件契約書の条項に違反したとき、本件法人の信用を毀損したとき、講師として不適当な行為をしたとき、受講者からの評価が著しく低いとき、正当な理由なく度々休講し授業に支障を来すとき、遵守事項に違反したときには、本件法人が本件契約を解除することがある。
講師らは、上述の通常授業以外にも、夏期講習、冬期講習、春期講習等の講習会講師も担当するが、講習についても、出講コマ数に基本講料単価を乗じたものが報酬となること、報酬が原則として翌月■■日に支払われること、授業にあたっては上記の遵守事項を守らなければならないこと等は、通常授業と全く同じである。

(2) 就労実態
■■■■■■ついては、■■年間、■■■■■■については、■■年間にわたって、本件契約を反復更新して、本件法人において非常勤講師として勤務していた。
これら全期間を通じて、本件組合員は、ほぼ専属的に本件法人で就労しており、いずれも、本件法人からの収入が生計の基本となっている。
両者とも、この間、ほとんど休講等はなく、かつ、特段の不祥事等もなく、期間途中の契約解除といった事態は全く生じていなかった。両者は、上記各期間を通じて、当然のように期間1年の本件契約が反復更新されていた。

4 「使用従属性」判断基準へのあてはめ
(1) 諾否の自由
講師は、本件契約書に基づき、本件法人から個別具体的に指示された各年度の「出講時間割表」に基づき授業を行うことを義務付けられており、これに対する諾否の自由は存在しない。
いったん定められた出講時間割表については、本件法人の側から変更することはありえても、講師の側から変更を申し出ることはできないものとされている(本件契約書第1項(1)※部分)。また、本件組合員が、正当の理由なく度々休講した場合には、本件契約を本件法人から解除されることとなっており、講師に、仕事の依頼についての諾否の自由がなかったことは明白である。

(2) 業務上の指揮監督
本件組合員は、その授業を行うにあたって、本件法人の指導方針に従うことを求められるとともに、本件法人が指定した教材に基づき、必ず決められた期間内に教材に関する授業を終えることを義務付けられていた。講師独自の補助教材やプリント教材を使用することも原則禁止されており、授業中の声量や板書についても細かく指示がされていた(本件契約書6項、本件ガイドブック■■頁)。したがって、本件組合員に対して、授業実施に関する本件法人の指揮監督が及んでいたことは明らかである。
また、本件契約書及び本件ガイドブックでは、機密保持、個人情報保護、ハラスメント防止、生徒との個人的つながりの禁止、SNS利用や肩書・校名の使用規制に関する規定など、服務規律に関する定めもなされていた(本件契約書5項、本件ガイドブック■■頁・■■頁)。

(3) 時間的・場所的拘束
講師側は、本件法人によって定められた日時及び場所(各教室)において、授業を行う旨の拘束を受けていたことは明白である。

(4) 代替性
本件組合員が、本件契約に基づく業務を行うにあたって、他の者に授業を行わせたり、補助者を使うことは認められていない。体調不良など、やむを得ない事情により、出講が不可能な時は、本件法人の学務部に連絡し、休講ないし代講の指示をあおぐことになっており(本件ガイドブック■■頁)、自己の判断で代講などの措置を講じることはできないものとされていた。

(5) 報酬の算定及び支払い方法
本件組合員の報酬は、授業1コマ(50分)あたりの講料単価に出講コマ数を乗じて計算することが基本とされており、これは、出講料が、時間当たりの労務の対価を基準として計算されることを意味するものであるから、賃金と同視できる。
また、その支払い方法も、毎月1日から末日までの当該月の出講実績分を、翌月■■日に本人指定の金融機関の口座に振り込むものとされており(本件契約書■■項(5))、「直接・全額・毎月1回・一定期日払い」という労基法上の賃金支払の原則に沿う形となっている。
よって、講師の報酬は、賃金と同視できる。

(6) 事業者性に関する補足的要素について
講師は、その授業を行うにあたり、本件法人の施設や設備を利用し、必要な機材等もすべて本件法人が準備することとされており、自ら機材等を調達することはなかった。
兼業は禁止されていなかったが、講師は、ほぼ専属的に本件法人で働いており、その生計は、そのほとんどを本件法人からの収入で維持されていた。また、他校等で講演や著作物を発行したりする場合に、本件法人での講師の肩書を使用しようとすれば、事前に書面で本件法人からの■■■■など、兼業・副業が全く自由に行えるものとはなっていなかった。

(7) 小括
以上のとおり、講師には、仕事の依頼に対する諾否の自由がなく、強度かつ明確な業務遂行上の指揮監督及び時間的・場所的拘束がなされており、その業務に代替性はなく、報酬の賃金性が認められる。他方、「自己の計算と危険負担において事業を営む者」という意味での事業者性は全く認められない。したがって、本件組合員については、使用従属性が顕著であって、本件法人との関係で、労基法及び労契法上の労働者に該当することは明白である。

(8) 予備校の非常勤講師の労働者性に関する裁判例について
予備校の非常勤講師、大学の助手、高校の非常勤講師など講師については、時間的・場所的拘束が認められる職業であるため、裁判例では、労働者性が肯定される傾向にある。
予備校と非常勤講師との間の出講契約については、指定された教材を用いて、ほぼ専属的に専任講師と同程度のコマ数の授業を行い、労務提供の代替性もなかったこと等から、使用従属性が認められ、労働契約と認められた判例がある(河合塾(非常勤講師雇止)事件第一審・福岡地裁平成20年5月15日判決・労働判例989号50頁、同控訴審・福岡高裁平成21年5月19日判決・労働判例989号39頁)。(以上につき、橋本・前掲書40頁)
この河合塾事件は、➀本来的な業務である講義について、学校側から指定された教材によりカリキュラムに則って行い、補充プリントを用いることも原則禁止されていたこと、➁講義等を行うために必要な機材を自ら調達するようなことはなく、すべて学校側の施設、設備を用いて業務を行うものとされていたこと、➂講師としての業務遂行に当たり他の者に労務を提供させたり、補助者を使うことは許されていなかったこと、➃非常勤講師の講義料が、授業の1コマ当たりの講義料単価に出講コマ数を乗じて計算されており、時間当たりの労務に対する対価を基準として計算されるものであって、賃金とみることができること、➄講師ガイドブックに、個人情報保護やセクシャルハラスメント防止に関する規定など講師が遵守すべき服務規律に関する定めが一定程度含まれていること、➅当該労働者が25年間にわたり出講契約更新を繰り返してきており、その生計は基本的に当該予備校からの収入で維持されていたことなど、原告側の講師について、ほぼ本件と同様の事実関係を認定したうえで、労働者性を肯定したものである(福岡高裁平成21年5月19日判決)。本件に関する重要な先例として参照されるべきである。

5 結論
以上のとおり、駿台予備学校の講師は、本件法人との間において、使用従属性が認められるので、労基法及び労契法上の労働者に該当する。
以上
(著者略歴)
・1998年弁護士登録(第二東京弁護士会、旬報法律事務所所属)
・2010年4月~2020年3月、東京労働局紛争調整委員
・日本労働弁護団会員
・担当した主な労働関係事件
藤川運輸倉庫事件(東京地決H12/4/18・労判793号86頁)
日本アムウェイ事件(東京地判H18/1/13・判時1921号150頁)
NTTリストラ配転事件(東京高判H20/3/26・労判959号48頁)
新国立劇場事件(最判H23/4/12・判時2114号3頁)
ビクターサービスエンジニアリング事件(最判H24/2/21・労判1943号5頁)
JAL整理解雇事件(東京地判H24/3/30・判時2193号107頁)
本田技研(雇止め)事件(東京高判H24/9/20・労経速2162号3頁)
NTT東日本(退職金)事件(東京高判H24/9/28・労判1063号20頁)
JAL(CA雇止め)事件(東京高判H24/11/29・労判1074号88頁)
ピジョン事件(東京地判H27/7/15・労判1145号136頁)
JALマタハラ事件(東京地裁H29/6/28和解)
連合ユニオン東京V社ユニオン事件(東京地判H30/3/29・労判1183号5頁)
社会福祉法人ネット事件(東京地立川支判R2/3/13・労判1226号36頁)
KLMオランダ航空(無期転換)事件(東京地判R4/1/17)